一週間ほど前、腰が痛いので電気治療でもしてもらおうと整形外科に行った。。
病院に着くと、ちょうどいい場所の駐車場から車が今まさに出ようとしているところだった。
グッドタイミングじゃん
私は、出てくる車に邪魔にならないよう、バック体制を整えた。
そしたら、車が出ると同時に、反対側から別の車が前進してその駐車場を占拠してしまった。
やられた―、
こっちが早く待ってたはずなのにどういうことよ
車の窓越しに、その占拠した車の持ち主を見ると何やら見たことのある顔だった。
アッ、Mさんだ。
昨年の秋にさかのぼる。
毎年行われる校区の体育祭でのことである。
私はその日、同じマンションの体育委員に拝み倒されて、競技種目の一つである大縄跳びに参加していた。
そこで、同じ町内から参加し、ほぼ私の隣で飛んでいたのがMさんである。
もちろん、同じ町内なので顔は知っていたが話したことはなかった。
大縄跳びで一緒に事を成し遂げた連帯感からだったのだろうか。
子供の年齢が近いこともあり、私達はすぐに打ち解けた。
大縄跳びで、カラカラになったノドを潤すために、私とMさんと同じ町内の他二人の若い主婦が加わって、自動販売機に向かった。
Mさんが私に50円貸してほしいと言う。
100円はあるのだが、後は一万円札しかないらしいのだ。
私は50円差し出した。
ジュースを飲みながら、お役目が終わった私達は、和を囲んでゆっくりと話した。
そのうち、Mさんのの節約話が始まった。
お風呂には、節水シャワーヘッドを付けるとよいとか。
残り湯で洗濯するために電動ホースを買って、これがとても便利だとか。
寝る時と、外出する時は電気はコンセントから切るとか。
冷蔵庫の開け閉めの電気料はバカにならないので、何を取り出すのか決めてから素早く開けて閉めるとか。
たくさんありすぎて書ききれないが、その中でも極め付きが、食費である。
何と家族4人で、一か月2万5千円に抑えていると言うのだ。
Mさんの家は、ご主人と、中学3年の男の子と高校2年の女の子がいる。
子供が小さいならまだしも、Mさんところの子供は食べ盛り真っ最中である。
でも、Mさんは家族の栄養面でもちゃんと考えていた。
その料理のレパートリーの広さには恐れ入った。
一か月ほとんど、同じメニューは出さないと言う。
2万5千円で?
料理が上手な人だからこそできる節約術である。
私ともう二人の主婦はMさんの話に、すっかり聞きほれていた。
見習いたいと思ったが、一カ月2万5千円はさすがに厳しい。
もしそれが実行できたら、毎月2万以上は貯金ができるではないか。
夢物語のようである。
なんて小さい夢なんだよ!
もっと大きい志はないのか?
うちは家族3人だが、皆食い意地が張っている。
娘などは、小さい頃からどんなに泣いてぐずっても、食べ物を与えるとおとなしくなった。
我が家で、食費の節約などしようものなら、夫は鬱になり、私は病み、きっと娘は荒れて
暴れるに違いない。
積木くずしだ。
一瞬、娘に蹴飛ばされている自分の姿が浮かんだ
あーダメだ、ダメだ、
わが身の安全のためにも、極度な食費の節約は断念するしかない。
しかし、コンセント抜いたり冷蔵庫の開け閉めの時間を短くするぐらいなら私にもできそうだ。
役立つ話を惜しみなくするMさんはこうも言った。
「子供二人とも大学やりたいからね、旦那の給料なんて微々たるもんだし、あたしが頑張らなきゃね」
やっぱり、主婦の鏡だわ。
しばらくしてMさんは、コンビニまで行ってくると言って、その場を去った。
あんまり戻ってこないので、体育委員さんに聞いてみると、そのまま用事ができて帰ったらしかった。
あら、私の50円は?
Mさんとはそれっきりだったから、50円は返してもらっていない。
別にいいけど・・・・。
気にするほど私はセコくない。
そのMさんが、私と同じ整形外科に来ている。
病院の待合室に入ったところで、私は声をかけた。
向こうも私のことをちゃんと覚えてくれていた。
旧知の友と会った気分である。
50円のことは覚えているかしら。
いきなり借金返済を迫るのも興ざめなのでやめておいた。
駐車場の件も、Mさんなら許してやろう。
Mさんは骨粗しょう症なのだと言う。
カルシウム不足?
もしかしたら、節約のしすぎ?
待合室は、まだ9時だと言うのに、人であふれかえっていた。
まあ、いつも多いので覚悟していたが土曜日だったのでことさら多い。
こりゃ待たされるわ、と思っていたところ
Mさんは待ちきれないので帰ると言う。
「何か用事?」
「うん、ちょっとね」
何か意味を含ませた感じでMさんは答えた。
別にそれ以上聞かなかった。
それなのにMさんはちょっとだけ声のボリュームを下げて、秘密を打ち明けるように言った。
「実はさー、パ・チ・ン・コ」
口の前に人差し指を立てて、Mさんはニヤリと笑った。
「・・・・・・・・・・・・・。」口だけが、開いた私。
Mさんは続けて言った。
「昨日2万もうかっちゃった、なんか最近ついててさー、今日もいい台にあたりそうなんだよね」
Mさんはそのいい台を目指して診察もキャンセルし、薬ももらわずに待合室を出ていった。
なんか違う。
あの節約話をしてくれた、主婦の鏡のMさんと何か違う。
取り残された私は、頭の中がぐるぐる回っていた。
いや、別にパチンコに行くのは構わない。
それは個人の趣味だから、どうぞお行きなさいよ。
でもね、私思うのだけど、食費を切り詰めたのはパチンコの軍資金のため?
子供を大学に行かせるために頑張ってんじゃなかったの?
今日も、コンセント切ったところで、パチンコ屋に行ったら意味なくない?
パチンコと節約って、仲良しだっけ?
いやいや、敵対してるだろう。
それともいつも、もうかってんのかしら。
よく考えると、Mさんの事なんて何にも知らなかったんだよね。
旧知の友?
アホ臭くなった。
私は、一番大切なことをMさんに言うのを忘れた。
利子付けて、50円返せー!
わたしって、やっぱりセコい女だわ・・・・・
私は校区の体育祭の時、同じマンションの体育委員に頼まれて、大縄跳びに参加した。
50円女と言うのは、その時一緒に参加したMさんのことだ。