ブログを書き続けると言うのは、とても強い精神力がいる。
少なくとも、今の私にはそう言える。
アメブロにはアクセス解析なるものがあるが、
これ壊れてんじゃないの?
と思うぐらい悲惨な数字を打ち出すブログがある。
私のブログだ
最初は皆、期待に胸膨らませてブログを始めるんだと思う。
私もそうだった。
その内、100人ぐらい読んでくれるんじゃないかしら?
バカも休み休み言え!
どこの誰が、お前のつまらない日常に興味なんかあるって言うんだよ!
そんな幻聴に時折悩まされている
このブログと言う大海原で、自分を見つけてくれる確率がどれだけあるのだろう。
多くの人が習慣化する前に辞めていくと聞く。
時間と言う支払いに対して、その見返りが見えないからだ。
もちろん着々と、数字をあげていく人もいるだろう。
そういう人は続けやすい。
だが私は、違う。
昨日おととい公開した記事は、さっきアクセス解析を見たら、なんと1アクセスだ。
1人でもいい。読んでくれている・・・・・・
アホ、おまえだよ!
えええええええええええええええええー
もしかして、自分が記事更新したら1アクセスなの?
じゃあ、ゼロってことになるのかしら?
誰も読んでない!
ホントにホントにホントにそうなの?
ショックだわー。
だが他の記事が読まれていた。
ホッ、救われた。
1カ月ほど前から、検索エンジンからの流入が細々だがある。
過去の記事が読まれているのだ
私にもかかてきた、0505305210
と言う記事が、なぜか4月の5、6日にちょっとばかしうれしい数字を稼いだ
たぶん、その日にこの番号からかかってきた人が、多かったのだろう。
グーグルや、ヤフーの検索で、電話番号だけ打ち込んでたどり着いてくれたようだ。
その後は、また元に戻ったが、今度は、26日あたりにフェイスブックで、どなたかが、私の記事を取り上げてくれたのかな?と、思う。
私は、フェイスブックはやっていないのではっきりとは分からないが、リンク元を見ると、フェイスブックからダッダ―と流れてきていた。
3日程続いたが、その中の一日は、解析によると、なんと訪問者100人を軽く超えているではないか!
思わず気味が悪くなって、すぐに画面を閉じた
そんなことあるかいな・・・・?
恐る恐る、もう一度画面を開いてみるが、私のブログに間違いなかった
まさか、あまりにくだらない記事なのであざ笑うために見に来てくれたのかも、とも思ったが、
あざ笑われるために見に来てくれるほど、私のブログに価値があるとは思えない。
私の記事を取り上げて下さった方の、大きな発言力の影響だろう。
事の詳細は分からないが、ありがたい出来事だった。
その記事は、ワン切りにあった話である。
いたってありきたりな内容だっただけに、自分でもびっくりした。
しかもその記事は、公開時はほとんど反応のなかった記事である。(いつもだが・・・・)、
こんなこともあるんだね。
だから皆さんも是非とも頑張ってください。
おまえが言うな!
だが、最近はまたぱったりと人が来ない
ただ、細々とではあるが、2つ3つの過去の記事が読まれている。
これも、ヤフーやグーグルの検索からだ。
でも、悲しいことに新しく書いた記事の方は一日数人程しか読まれない。
しかも、昨日は書いたばかりの記事を読んだのは、私以外はゼロ。
容赦ないわー
だが、私は人から無視されることには慣れている。
今日のような書いたばかりの記事がゼロアクセスのような日には、
はるか遠い偉人に思いを馳せる。
現実逃避は、こんな時有効だ。
遠ければ遠いほどいい。
あの偉大な画家ゴッホさえ、有名になったのは死んでからだ。
小林幸子だって、15年もの下積みをして酔っ払った親父にヤジを飛ばされながらも
耐え忍んだのだ。
うちの町内会長は、3回も落選した後、今年やっと会長になった。
現実にどんどん近くなってないか?
もっと、遠くに行け!
遠くに思いを馳せるのだ!
「神様の足跡」と言う有名な話がある。
ざっと言えばこんな話だ。
私達の歩く人生には、4つの足跡がある。
神様と自分、二人分の足跡だ。
悲しい時、つらい時この足跡は4つから2つになる。
神様は見捨ててしまうのか?
いいえ!
神様は、私達が人生の一番悲しい時、つらい時、
私達を、おんぶして歩いて下さるのだ。
二つの足跡は神様の足跡一人分だ。
神様は私達のそばを片時も離れたりはしない。
(本物は青年の話になっている)
私の大好きな話である。
私が長い期間ブログを更新しなくなったら、
歩くのに疲れ果てて、ほんの一時、神様に背負われているのだと思って欲しい。
あら、書いてなかったの?
などと気づいてくれる人がいるかどうか怪しいものだが・・・・・
ブログを書かない日が続いたとしても、私は、きっと戻ってくる。
待ち人もいないのに?
私のブログは、相変わらず、日記を書いたり、奨学金を書いたり、金券のことを書いたりと
一貫性がない。
まるで、片付け下手の小学生の引き出しみたいだ
教科書も、文房具も、食べかけのチョコレートもごっちゃになって入っているのだ。
私のブログはまだ幼く、自分のいく方角さえ見えていない。
つらつらと日常の出来事を書きたいのか。(平凡すぎるだろ)
自分の中の主義主張を書きたいのか(お前にあるのか)
懐かしい思い出を書きたいのか(誰も知りたくない)
何か専門的なことを書きたいのか(不気味だ)
まだしばらくは、低空飛行で、迷走を続けるのだろう。
それでもいつか、多くの人が「読んでよかった」と思う記事が書きたい・・・・
ブログを書き続けるのは勇気がいる。
それでも書き始めて4カ月が過ぎた。
その足跡・・・・
それが、今の私の書き続ける勇気につながっている