愛猫のムクが8月9日明け方、旅立った。
17歳と9カ月。
原因は腎臓だったのか、この暑さだったのか、持病の腸の悪化から来るものだったのか、それとも高齢によるものだったのかは分からない。
去年の夏、腎臓に関するある数値が高いと言われ、治療をするなら、輸液投与のために毎週1回通うように言われた。しかも回復はなく、進行を遅らせるだけだと言う。高齢のため、治療は迷った。どこの猫でもそうだと思うが、病院は猫にとって大きなストレスだ。うちのムクは、病院に行くだけでかわいそうなくらい泣き叫び暴れる。
病院から帰ったその日、ムクは急激におかしくなった。カーテンに隠れて、出て来なくなったのだ。そして、ご飯を食べなくなった。
「病院には、もう行きたくない」という意思表示のように思えた。
結局治療は見送った。一年前のことだ。その時の体重が4キロ。もともと骨格が普通の猫より一回り大きく一番体重の重い時期で10キロあった。その後ダイエットをさせ7キロに落ち着いていたから、それからするとだいぶ痩せたことになる。
よく、うちに来る人の誰もに言われた。
「この猫、普通の猫?」
遊びに来るうちの子の友達は
「これ、猫?」
デカすぎたのだ。
そう言いながらも「ムク、ムク、ムク」と言って、遊びに来る子供達からかわいがられた。
秋口になると、食欲が戻ってきた。ちょうどこの頃、歯も奥歯がもう無くなっていたので、総合栄養食のパウチに切り替えた。一見、猛烈な食欲を見せ元気になったかのように見えたが、もうその時は、死期が一歩一歩近づいていたのかもしれない。
もともと、腸の方に欠陥があった。一歳の時、腸の3分の2を切り取ると言う大手術をした。最初の一年はよかったものの、その内、薬を飲ませないと便が出なくなった。しかも切れが悪いので、いつもウンチをした後はおしりをふいてやらないといけない。しかも、よく部屋のあちこちですることが多く、布団やマットを汚すのはしょっちゅうだった。だから、家にはこたつが置けないし、リビングマットも引けなかった。だが、それ以外はびっくりするほど丈夫だった。襖などは、簡単に片手で開けるし、自分の行きたい部屋のドアが閉まっていると、平気で、外側のべニア板は剥がすほど力があった。これで、我が家のドア3枚は修理をしている。
それだけじゃない!
もう、8年前ぐらいだろうか。昔のテレビから薄型テレビに変わった頃だ。うちもすぐに薄型テレビに変えた。もともと昔のテレビは、猫が登って昼寝できるぐらいのスペースがあった。ムクはこの上で昼寝をするのが好きだった。薄型テレビに変えて2週間たったくらいたったある日のこと。何を思ったのか、この薄型テレビに上ろうとしたのだ。当然ひっくり返って落ちた。びっくりしたのだろう、その場から抜け出そうと勢いよくテレビをひっくり返した。どんだけ力があるんだろう。そう小さいテレビでもないと言うのに。
画面にひびが入った。
当然保証も利かず、ブラウン管の修理代は9万近くかかった。まだ出始めの頃で、テレビ自体が高かった。今なら同じレベルのテレビを買うのに9万も出せばお釣りがくるだろう。
私は怒らなかった。ムクがテレビの下敷きにならなかったことにホッとした。
とにかく、手に負えないほどの悪ガキだった。
最初の頃はよく叱った。その内、哀願に変わった。
「ねえ、お願い!ムクちゃんいい加減いたずらやめてくんない?」
どこ吹く風である。
治療を見送ってから一年が経過し、また夏がやってきた。食欲が落ちたな、と感じたのは、先月の7月に入った頃だ。そのの内、栄養食のパウチを食べなくなった。体重は3キロになっていた。ネットなどを参考に手づくり食を試みたが、一向に食べない。ネットで栄養スープを取り寄せ、強制的にスポイドでの飲ませ始めた。もともと、刺身や生肉の好きな子で、腸の負担が気になってあまりやらなかったが、この際何か食べさせないと、夏を乗り越えられない。そう思って、生肉や刺身などを食事に加えた。食らいついた!と同時にパウチも肉を食べた後に食べるようになった。だがその量は減っていた。私は、この夏さえ乗り越えれば又一年生きてくれるとこの時は信じていた。もう、この頃は私の中で、病院の治療はしないと決めていた。だが、腸の方の薬はずっと処方してもらっていた。
だがこの薬、最後にもらった時、一錠が4等分に切り分けられていた。体重が減っているので、1日に4等分を2回、つまり1日半錠までしか飲ませてはいけないと言われた。
今更?15年間も1日2錠を飲ませていたのである。ひどい時は4錠飲ませていた。たったの半錠?
効くわけがない!
適量を超えて飲ませるのなら、「自己責任でお願いします」とまで警告された。
気になってネットで調べてみると、この薬、人間用の下剤として紹介されていた。
薬の名前はアジャストAコーワ錠40mg、画像も名前も全く同じものだ。
しかも、人間で通常の便秘で一日2錠だ!
怖くなった。でも今まで何の副作用もなく、この薬はよく効いた。
便が出ないのは困る、この薬に頼る他なかった。今更薬を変えて効果がなかったら元も子もない。
8月になると、さすがに弱っていた。食べるのは日に日に減っていた。骨と皮だけのガリガリだ。それでもキッチンに上ったり、元気な姿を時折見せた。
キッチンに食べ物があるわけでもなく水を飲むでもなく、上がる理由は何一つなく、ただ上って飛び降りるだけ。
「僕、まだまだ元気だよ」
そう言いたかったのだろうか。
でもその行為は、私を飛び上がらせるほど喜ばせた。
まだ大丈夫!
そう思えたから・・・・バカ野郎!
ムクは人間の子供のようだった。
夜私が寝る部屋に入ると、一緒についてきて、布団を敷くとすぐにゴロンとなった。
「一緒に寝よう」のお決まりの合図である。
朝は、5時前に、おでこをポクポクたたき、起こされた。そこで起きないと、髪の毛を爪で引かかれた。
「ごはんくれ」の合図である。
仕事から帰ると、いつも玄関で待っていてくれた。「おかえりー」じゃなく「腹減った」だったのだろう。
とにかくかわいかった。甘え上手で、抱っこするとフワフワしていた。
だが、家に来てから17年以上の歳月が過ぎた。時間というものは、ある時期を境に残酷な現実へとその姿を変える。すべての生き物にとって、老いは避けられない。弱った体に、待ってましたとばかりに病魔が攻撃してくる。
8月8日、仕事から帰ってくるとムクはテレビの前に横たわっていた。昨日までは、ご飯が少し食べれたが、さすがにその日は朝から食べれなかった。それでも夜はちょっとだけチュールを舐めた。まだ歩ける。水も自分で飲めた。だが、トイレには行けないらしく垂れ流しだ。目が潤んでいて、目を一切閉じない。それとも閉じれない?目が死んだ魚のようだ。
病院で、点滴でも打ってもらうか?
治療しないと決めたじゃないか。
ちょっとの延命のために、嫌がるムクを連れていくのか?
でも、もしかしたら・・・・・
考えたくなかった。考えると、一年前の治療を見送った決断を後悔してしまいそうだ。
なぜかその夜は眠れなかった。夜中の3時頃、やっとウトウトし始めた頃、娘が私の肩をゆすった。この日娘は、自分の部屋で寝ずムクが横たわるリビングのソファーで寝ていた。
「ねえ、ちょっと来て、ムクがおかしい!」
テレビの前に横たわったムクが呼吸が苦しそうにしている。必死でさすった。
「ムク、大丈夫。大丈夫だからね」そう何度も声をかけた。
ちょっと楽になったように見えた時、床の上だったので、私は柔らかい自分の布団に運んだ。ずっとずっと撫で続けた。また呼吸が荒くなった。顔が鬼の形相になっている。眼をかっと見開いたまま、とがった歯がむき出しになっている。
「大丈夫だから、大丈夫だから、ずっとついてるから大丈夫だから・・・」
口を開けたまま苦しむムクを前に一分ほど、その場から離れた。お水をあげたかったのだ。
すぐに戻ってお水をスポイドで流し込んだ瞬間、動かなくなったように見えた。もしかしたら、離れた1分程の間にもうすでに息絶えていたのかもしれない。
8月9日3時40分頃、永眠。あっという間の出来事だった。
なぜ?
こんなに早く逝くとは思わなかった・・・・いや、あの痩せ方はいつ逝ってもおかしくなかった。
気づかないふりをしていたかったのだ。
ムクはいたずらがひどく、その上、腸の持病があったので、とても手がかかる子だった。でもその何十倍も、その愛くるしい表情や動きでたくさんの幸せをくれた。
ムクは、昨日、葬式を終え、あんなに大きかった身体が、小さな骨壺の中にすんなりと納まった。私の利用したペット葬儀屋の料金は、体重によって値段が変わる。火葬の前に体重が計られた。2キロだった。全盛期に10キロもあった体重がたったの2キロ・・・・・。
3キロになってから、私は体重を計るのをやめている。怖かったから・・・・・
ショックだった。とっくに限界はきていたのだろう。それなのに家族のために必死で生きてくれてたんだね。
もっと何かしてやれなかったのだろうか。
去年、ちゃんと腎臓の治療をした方が良かったのだろうか。
腸の薬を飲ませ続けたのがいけなかったのだろうか。。
食欲がなくなった時、点滴でもすぐに受けさせるべきだったのだろうか。
いくつもの思いが交差する。
家族同然のペットを失くした時「これでよかったんだ」と納得できる人は少ないと思う。
どんなに心が通じ合ってると思っていても、動物と人間の間には言葉の壁がある。
「どうしてあげたらいい?ねえ教えてよ」
何度ムクに問いかけただろう。
ニャアーじゃわからないよ・・・・・ごめんね。
今日、ムクが使っていた食器、トイレ、フードなどを捨てた。
ムクが後ろを振り返らず、まっすぐあっちの世界に行けるように。
ムク、我が家に来てくれてありがとう。
家族でいてくれてありがとう。
ずっとそばにいてくれてありがとう。
閻魔様に会ったら、堂々と言いなさいよ
「僕、ある家族にいっぱい愛を置いてきました」って。
道間違えないで、ちゃんと天国に行くんだよ。おまえ、よくトイレの場所間違えてたからね。
ずっと大好きだよ、ムク。