今日は朝から、本棚の整理を思いついた。
私は、数年ごとに、読まなくなった本をかき集めブックオフに持って行く。
いる、いらない、いる、いらないと本を区分けしていくが、一冊の色あせた本に目が行った。
ずい分古い本であるが、なぜかこの本は捨てられなかった。
30年ほど前に繰り返し何度も読んだ。自己啓発本である。
著者はノーマンビンセント・ピール氏で(1993年12月24日没)、アメリカニューヨークにあるマーブル協会の牧師さんだ。
著述家、講演家。ポジティブシンキングの最高の指導者であり、「人生の師」として世界中の尊敬と支持を集めた方である。ピール博士の書籍では、実はこの本ではなく「積極的考え方の力」の方が有名である。 こちらは、世界で2千万部も売れた超ロングベストセラーだ。
多くの著名人に影響を与えたと言われるピール博士であるが、何かと強気の発言のトランプ大統領も博士の影響を大きく受けている一人だ。
私は、古典的名著と言われる「積極的考え方の力」の本も読んでいるが、こちらの「人間向上の知恵も」それに劣らず素晴らしい本である。
こんな本に傾倒していた時期もあったんだな・・・・
ふと、懐かしくなった。
最近は、もっぱら娯楽小説かミステリー小説ぐらいしか読まなくなったが、若い頃は、種類を問わずよく本を読んだ。
悩みがあれば、本に答えを求めたもんだ。困難にぶつかった時、怒りで狂いそうな時、又は失意の時そっと開いては勇気をもらった本である。
「あらゆる困難は乗り越えられる!」「それでも、私はできる!」「失望するな!」「可能性は無限である」
そう、とことん説得させてくれる本である。
「人間向上の知恵」の中に、ある許しについて書かれた物語がある。素敵な話なので紹介したい。
以下、「人間向上の知恵」から引用させていただいた。長すぎる部分は、省略している。
政府の倉庫管理に従事していたカール・テイラーと妻のエディスの話だ。
夫妻は結婚して23年間仲睦まじくやってきた。仕事で町を離れると、カールは毎晩エディスに手紙を書いたりプレゼントを送ったりしていた。
1949年、政府の命令でカールは数日沖縄の倉庫へ派遣されることになった。仕事が終われば、カールは、いつものようにエディスの元へ帰ってくるはずだった。
だが、カールの帰国は遅れ、手紙の数も少なくなり、いよいよ音信不通になった。
そんなある日、小さな町で待ち続けるエディスの元に、一通の手紙が届いた。
「エディス、君を傷つけないように言えたらいいんだが、僕たちはもう結婚生活を続けることができない・・・・・」
カールは離婚の手続きをメキシコへ申し込んでおり、受理されたのだった。
アイコと言う日本人の若い女性と結婚するつもりだと言った。彼のセクションに配属されたメイドだという。アイコ19歳、カール48才である。
ここで生身の人間であれば、相手の日本人女性を憎み、カールを軽蔑するのが当然だった。
だが、エディスはなぜかそういう気持ちにはならなかった。それほどカールを愛していたのだろう。
エディスは、こんな時でさえカールを思いやった。
異国の地で、家庭を離れ寂しさのあまり酔いつぶれることもあっただろう。そんな夫の前に貧しく痛々しい娘が現れたのだ。
夫は、ちゃんと離婚してから再婚しようとする正直さを持っている。
悲しい思いをしながらも、エディスはカールの長所を見つけようと努めた。
年齢的にも互いの生活環境にも開きがありすぎる。エディスは本心ではカールとアイコの結婚は無理だろうと思っていた。
エディスは工場で仕事を見つけ、待ち続けた。
だが、カールが帰ってくることはなかった。
エディスの元に届く手紙には、アイコが妊娠したことを告げる手紙、1951年にマリーが生まれ、1953年にヘレンが生まれた。
エディスは、子供達にささやかなプレゼントを贈った。一人寂しく暮らすエディスの心はいつもカールのいる沖縄にあった。
ある日、エディスの元にカールから大変なことを知らせる手紙が届いた。
自分は肺がんにかかり、もう長くない。手紙には、カール自身の不安よりも、残していく二人の遺児に対する心配が切々と書きつねられていた。貯えは、みんな治療代に消えていた。娘たちはどうなるのだろう・・・。
手紙を呼んだエディスはカールのために自分が何をしてやりたいかがすぐに分かった。それは死んでいくカールの心を安るかにすることだった。
エディスは、二人の子供を自分のマサチューセッツに引き取って、一緒に暮らすと手紙を書きカールを安心させた。
アイコは、子供達を手放したがらなかったが、希望のない貧困の生活を送らせるだけで、アイコに何ができよう、アイコはとうとう承諾し、子供達はエディスの元に送られた。
二人の子供は、アメリカの生活にすぐにとけこんだので、エディスは何年もの間かつてなかったほどの幸福を味わった。
だが、カールが亡くなり、沖縄で独りぼっちになったアイコは惨めな思いでいた。彼女はエディスの元に、切々とした手紙を送った。
「おば様、子供達はどうしているでしょう、マリーもヘレンも泣いてはいないでしょうか・・・」
とうとうエディスは、カールのためにもう一つしてやらねばならないことがあると思った。
カール亡き後、1956年、二人の子供を引き取った1年後、1957年に母親のアイコもエディスの元に呼び寄せた。
飛行機から降りてくるアイコとの対面の時、エディスはふと恐ろしくなった。
カールを自分から奪い去った相手の女性が憎らしくなったらどうしよう。
一番最後に飛行機を降りようとした女性は、ひどく痩せて小柄だったので、初めエディスは子供かと思った。彼女はタラップを降りてこず手すりにしがみついたままその場に立ち尽くしていた。
ここでエディスは、自分が恐れているならアイコの方も狂乱一歩手前の状態なのだと悟った。
エディスはアイコの名を呼んだ。するとその女性は一目散にタラップから走りおり、エディスの腕の中に駆け込んだ。しっかりと抱き合った瞬間・・・・・・・・
彼女は声にならぬ声で叫んだ。
「どうぞお助け下さい!カールの分身が家に帰ってきたと思って私がこの女性を愛せるようにしてくださいませ!私はカールが返ってくるよう祈っていました。今、彼は帰ってきたのです…・小さな二人の娘と彼の愛したこの優しい女性の中に!」
こうして、エディスとアイコは共に暮らし、カールの遺児を育て上げた。
利己心を捨てた許しの実話である。
あなたはこの物語を読んで、
「エディスはなんてお人よしなんだろう」
とでも思っただろうか。
確かにありえないような話だ。どこの誰が、自分から大切なものを奪った若い女を、愛する男の分身が帰ってきたなどと思えるのだろうか。
しかもこのカール、勝手に女作って子供まで作って、死ぬ間際に残していく子の心配を捨てたエディスに手紙で思いをつづるなんて、なんて厚かましい男なんだろう。
そう、思う人が多いと思う。私もそう思った。
この話、普通に考えれば浮気男の身勝手な話である。だがエディスの許しがこの物語を単なる三文小説から美しい愛の物語に昇華させているのだ。しかもこれ、実話だからね。
私はこの話が大好きである。
かなり古い話ではあるが、許しに今も昔もない。
エディスは、ずっとカールとアイコを恨み続けて生きることもできたはずだ。
だが、エディスはそうしなかった。
誰にでもできることではない。これが実に難しい。
だがそこに大きなヒントがありはしないだろうか。
私の友人に、今も父親を恨み続けている人がいる。
他人よりも肉親に対しての方が、その思いは根深い。その原因は5年程前、彼女のお姉さんが自殺したことに起因している。
ずっと、彼女の思いを聞いてきたつもりだが、それがすべてではないだろう。
私などに彼女にかける言葉など、あろうはずもない。大切な友人とは言え、人の心の問題には完全に無力である。
だが、彼女がいつかその心の重荷を下ろしてくれることを強く願っている。
人の感情と言うのは実に厄介なものだと思う。
エディスや友人ほどではないにしろ、私達も日常の中で、許せないという思いに囚われることがある。
しかも、何十年も前に言われたことを今も思い返しては、自分を傷つけたりもする。
かと言って、許せない気持ちと言うのは、相手の首根っこ押さえて土下座させればその思いが消えるというわけではない。ましてや、相手は自分が恨まれているとも気ずかずに幸せに暮らしているかもしれないのだ。
ここで明らかに思うことがある。
許さない人と、許されない人、どっちがつらいのだろうか・・・・
私は許せない人であると思う。もちろん、許されない人にもその重しがのしかかることはある。それは、許されないことをした自分を許せない時であろう。
許せないと頑なに握りしめている思いは、本人が手放さない限りどうにもならない。
許しは、他人との関係で発生するものだが、実は「許せないと思う重い気持ち」を癒すものは、その相手からの謝罪ではなく実は、自己完結の部分が多いのかもしれない。
エディスが、アイコを愛せるように祈ったように・・・・・・。
許しは相手のためにするのではなく、自分のためにするものだ。自分が幸せになるために。
エディスの物語がそれを証明しているのではないだろうか。