今朝、郵便物を取りに行こうとエレベターに乗り込むとAさんと会った。Aさんは、踊りのお師匠さんで、同じマンションの住人だ。70代の小粋なご婦人である。
「おはようございます」と軽く会釈する。
Aさんの脇には大きな段ボールがあった。140サイズぐらい?
まさかこれ、一人で運ぶのか?無理じゃね?
1階までたどり着き、ドアが開くとAさんは段ボールを引きずり始めた。さすがにほっとけなくて、「私、運びますよ」と声をかけた。
「いや、管理にさんに頼むから大丈夫よ」とAさんは遠慮したが、あいにく管理人室は留守だった。多分階段の掃除でもしているのだろう。
私は、段ボールを持ち上げ「どこまでもって行きますか?」
「じゃあ、車まで運んでもらえる?」とご婦人。
中身はトイレットペーパーだと言う。天草の娘さん家族に送るのだそうだ。
「なんでトイレットペーパーなんですか?送料の方が高くつきませんか?」
私はこの時、熊本でトイレットペーパーの買い占めが起こっていることを知らなかった。SNSで、マスクと同じ原料が使われるトイレットペーパーも品薄になる!と拡散されたのだ。それで皆が一斉にドラッグストアーやスーパーに駆け込でるらしい。
なんだか不安という湖に投げ込まれた小さな石ころみたいだ。あっという間に波紋を広げた。きっかけはツイッター(つぶやき)という石ころだ。
もともと、マスクとトイレットペーパーの原材料は違うもので、原材料も中国の輸入に頼ってはおらず98%が国内産だ。ちなみにマスクの原材料は不織布(ふしょくふ)で、一方トイレットペーパーはパルプ、再生紙だ。
そんなこと、多くの人は知らないだろうな。当然私も知らなかった。
ご婦人は言った。
「娘がトイレットペーパーがどこも売り切れてるって言うのよ。今、コロナでマスクがないでしょ?一時的なもんだから大丈夫だって言われたんだけど‥‥やっぱりね、孫ももいることだし送ってあげようかと思って」
「えーそうなんですね、トイレットペーパーがないなんて一大事じゃないですか、今時トイレットペーパーがなかったら、ティッシュもなかったら、どうなるんですかね?」
「あたしらの子供時代は、新聞紙を柔らかくもんで使ってたもんだけどね」
「え?新聞紙固すぎません?その辺の道端から、葉っぱでも採ってきた方がよくありませんか?」
「アータ、見てごらんなさいよ、今時道端に葉っぱなんてないわよ」
「確かに…でも家には、去年新聞を辞めたので新聞紙もないです」
「うちにいっぱいあるから、そん時は取りにきなさいよ」
いらねーよ。
どうでもいいような話をしながら、私はAさんの車まで段ボールを運んだ。
そのあと仕事に行って、同僚にそのことを話すと「デマらしですよ、何か熊本だけらしいですね」と言った。
でも、まさかと思いながらも、みんなが一斉にトイレットペーパー買いまくってたら、自分も買っとかなきゃ!って思うよな?でもなんで熊本県民だけ?SNSって全国に拡散されてんだよな。地震を経験している熊本の人は、生活必需品がないことの不便さをより知っているのかしらね。
それにしても今回の騒動は、私たちがどんだけコロナに影響を受けているかの証だよね。一番それを感じているのはデマを流した本人だろうね。別に意図的にやったわけではないだろう。チョットしたつぶやきがここまで広まった背景には根元に人々の不安がある。むしろ蔓延してるのはコロナじゃなく不安の方だ。
先週予定していた昔の同僚とのランチの予定がおジャンになった。仲間の一人がコロナを理由に延期しようと言い出したのだ。たかが4人の集まりである。そこまで気にする?と思わないでもないが、一人をのけ者にして3人だけで行くわけにもいかないので、とりあえず取りやめになった。
世間では、様々なイベントが中止になったりしているが、ここが正念場なのかな。
今日パン屋さんに行ったら、いつも裸のまんまトレーに置かれているパンが全個別包装になっていた。スーパーでも、いつも新鮮な魚は外気に触れる形で置かれているのにパック詰めに変わっているし、お惣菜の量り売りも全部パック入りである。
職場でも、少しでも熱があったり体調が悪いときは報告するように!の回覧があった。
みんなが目に見えないウイルスに緊張している。
心配しても仕方がないが対策は必要である。手洗い、うがい、マスク、人ごみに行かないなど、今はできることをやるしかないな。
一日も早く終息してほしいものだ。